鯉の季節

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今年も鯉のぼりの季節がやってきました。

長男コースケの誕生以来、我が家の敷地で生き生きと泳ぐ鯉のぼり。今年で4年目となります。

例年は4月1日に鯉のぼりを出すのを恒例としてきましたが、今年の4月1日はかなりの強風だったので見合わせ、本日ようやく泳ぎ始めました。

これまでは義父と私で設営をしてきたのですが、今年はコースケはもちろん、春休みでお泊りで遊びに来ている従兄のお兄ちゃんたちもお手伝い。

青い空に泳ぐ鯉のぼり。そして子供たち。

鯉のぼりをバックにおふざけモードのコースケ。

コースケはその後も元気に遊びまわっていました。鯉のぼりのように元気に大きくなってもらいたいものです。

さて『鯉』と言えば『広島カープ』
カープ=CARP=鯉

広島県(呉市)出身の私は熱狂的広島カープのファンです。
そしてつい先日2019年のプロ野球が開幕しました。これまた『鯉の季節』の到来です。

2年連続MVP(最優秀選手)の丸佳浩選手が読売ジャイアンツにFA移籍してしまった今シーズン。まだ始まったばかりですが、今のところジャイアンツに勢いがありそうな雰囲気です。しかしながら秋には歓喜の瞬間が訪れることを信じています。

長男コースケもお出かけの時はカープの野球帽。父親と同じく『カープファン』に仕立てあげようという英才教育(?)の目的はもちろんありますが、それ以上に大きな理由があります。

将棋界のレジェンド羽生善治永世7冠は『少年時代にカープの野球帽をかぶって将棋大会に出場していた』そうです。それで大会を総なめにしたので『恐怖の赤ヘル少年』と呼ばれていたという伝説を聞きます。その理由は『カープファン』だったのではなく、人の多い大会の会場で『目立つから』という親御さんの都合だったとか。

コースケに関しても同じような理由です。独立心が強いのか、とにかくコースケ出先で一人で走り回るんです(苦笑)ですから迷子にならないために目立つ格好をさせています。

やはりカープの赤はよく目立ちます。

昭和25年の球団創設以来『万年最下位』『貧乏球団』『お荷物球団』と揶揄され続けてきた広島カープ。

昭和50年に、外国人監督ジョールーツの発案で、負け犬根性を払しょくするために、それまでの濃紺から、情熱の色=赤に帽子を替えました。それまで赤い帽子と言えば、小学校の運動会くらいしかなかった時代ですから、選手たちは最初は恥ずかしくて仕方なかったそうです。

しかしながらその年、カープは悲願の初優勝を飾ることができました。当時私は小学校2年生でしたが、周囲の熱狂ぶりは今でもはっきりと覚えています。そして赤は広島カープを象徴する色となりました。

今ではマツダスタジアムを真っ赤に染める応援風景は一つの風物詩となりました。その独特の雰囲気は、カープの選手には大きな後押しとなり、一方相手チームには大きな威圧となっているようです。

 

広島カープはプロ野球12球団の中でも、もっとも独特な成り立ちと歴史、そしてアイデンティティを持つチームだと私は思っています。。

いつか気の向いた時に『自称日本一文章を書くのが好きなふとん屋的広島カープ論』を、このブログで熱く語ってみたいと思っています。

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自称“日本一”文章を書くのが好きなふとん屋

かつては神奈川県でカネボウ化粧品研究員をしていました(口紅やマスカラの処方開発担当)。現在は縁(婿養子)あって香川県で寝具店『西部製綿株式会社』の社長をしています。自称『日本一文章を書くのが好きなふとん屋』です。広島県出身の熱狂的カープファン。サッカー日本代表も応援。現在51歳ですが、4歳と1歳の男の子の子育て奮闘中。しばらくは子育て記事がメインかも(笑)
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