【オーダーメイド枕】スタート秘話・・・というほどおおげさなものでもありませんが

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  • 目次
    1.オーダーメイド枕をやりたいと思ったワケ
    2.周囲は猛反対、まるでバカ扱い
    3.それでもあきらめなかった私
    4.念願のスタート
    5.当店の看板アイテムに
    6.オーダーメイド枕戦国時代
    7.これからもがんばります宣言

1.オーダーメイド枕をやりたいと思ったワケ

オーダーメイド枕

私が『オーダーメイド枕をやりたい』と思い立ったのは、今から14年前、2004年のちょうど桜の咲く頃でした。当時私&ヒラ店員(妻)は西部製綿に入社してまだ半年の初心者マークでした。

私たちが入社したのを機にお店をリニューアルすべく、店舗改装閉店セールを行っていた時期でした。初夏にお店のリニューアルオープンを控え、お店の新しい目玉となる何かを探し求めて、大阪西川さんの本社ショールームや、色々なお店を視察させてもらっていました。

そこで私の目に留まったのが『オーダー枕』でした。『お客様の体型を測って、お客様一人ひとりにぴったり合う枕を作る』これはまさにこれからの寝具専門店がやるべき事と・・・まさに一目ぼれでした。これは何が何でもやりたいと思いました。

2.周囲は猛反対、まるでバカ扱い

さっそくお店に戻って意気揚々と『オーダー枕をやりたい!』と言いました。しかしながら当時はオーダーメイド枕なるものが、世間でほとんど認知されていなかったこともあり、当時店長だった義母と、その場に居合わせた西川の担当営業マンN氏は猛反対(苦笑)

『オーダーメイドなんて面倒くさいことやらなくてもいい。』
『1万5千円(当時)もする枕が売れるワケがない。』
『値段がほとんど変わらない低反発の枕を売ったらいい。』
『測定のための機械をリースするお金がもったいない。』

などなど・・・反対意見のオンパレード。

それはまるで『何もわからんくせにバカなこと言うな。』といった扱いでした(苦笑)

今でこそすっかりお店の事を取り仕切っている私ですが、先ほど申し上げた通り当時の私は駆け出し。発言力はゼロに等しく、『オーダーメイド枕をやりたい』という私の申し出は、母と担当営業マンの挟み撃ちにあい、あっさり却下となりました(涙)

オーダーメイド枕バカ 石川克幸このあたりのいきさつは三豊・観音寺地域ガイドブック『Mitego(ミテゴ)』に掲載していただきました。

3.それでもあきらめなかった私

それでもオーダー枕の事をあきらめなかった私。その後大阪西川さんのショールームに母、ヒラ店員(妻)と私の3人で行く機会があり、『これがラストチャンス』と腹をくくりました。オーダーメイド枕のブースに母を連れて行って、西川社員の説明に対して、
『ふむふむ』
『これはスゴイ』と・・・
母へのアピールのためにオーバーアクションで、芝居がかったほどの相槌ちを打ちながら聞きました。そして勝負は帰りの車中。『いざ母を説得』と思っていたところ、私の熱意が伝わったのか、何と(!)母の方から『やっぱり私もオーダーメイド枕をやった方がいいと思う。』と言い出してくれたのです♪

4.念願のスタート

そこから話はとんとん拍子に進み、忘れもしない2004年6月30日、お店のリニュアルオープンに合わせてオーダーメイド枕のお披露目の運びとなりました。

当時のお得意様のところに『オーダー枕を始めたので、是非作りに来てください。』という内容のA4用紙1枚の簡単なお手紙をお送りしたところ、何と最初の3日間で22名もの方がオーダー枕を作りにご来店くださったのです!

これは本当に嬉しかったです♪

またお作りいただいた方の評判も上々で『これならやっていける』とほっと胸を撫で下ろした瞬間でした。

ちょっと話は前後しますが、もともとオーダー枕は義父、義母、私、ヒラ店員(妻)の4人でやる予定になっていました。ところが最初の研修の際に、パソコンの苦手な義父と義母は『自分たちには無理(>_<)』とリタイアし(苦笑)自然と『私がメイン担当者、ヒラ店員(妻)がサブ担当者』という流れなりました。

結果的にはこれが私には幸いしたと思います。何度も繰り返しますが当時の私は初心者マークの駆け出し。それが突然『メイン担当者』に祭り上げられたのですから、俄然私の“やる気魂”にスイッチが入りました。それはまるで一国一城の主になった気分でした。

5.当店の看板アイテムに

オーダーメイド枕

それからの私はオーダーメイド枕を一所懸命お作りするのはもちろん、少しでも接客がやりやすいように売り場のレイアウトを変更したり、チラシやビラ、ホームページを自作したり、お客様の声のアンケートを作ったりしました。さらには眠りや整体のいろいろな資格を取りに行くなど、とにかく思いついた事をどんどん貪欲に実行してゆきました。その甲斐もあってオーダーメイド枕のお客様も順調に増えてゆきました。こうして振り返ってみると私は『オーダー枕と一緒に成長してきた』と思います。その原動力になったのは何と言ってもお客様からの『ありがとう』のお声でした。

スタート以来このようなスタンスで、ずっと強い思い入れをもって取り組んできましたので、やがてオーダーメイド枕は当店の看板アイテムになりました。(香川県観音寺市)豊浜町のふとんのせいぶ(西部製綿)と言えば『あの国道沿いの、オーダー枕で有名なお店ですね』と言われることも多いです。

6.オーダーメイド枕戦国時代

スタートから間もなく14年、お作りしたオーダーメイド枕の数は4,500個を数えるまでになりました。4,500個と言うと大きな数字と思われるかもしれませんが、1日あたりで計算すると1個の割合にすぎません。この数字からお分かりの通り、当店は決して大きな寝具店ではありません。お店のスタッフは4名(製綿工場を合わせても6名)。そのうちオーダーメイド枕をお作り出来るスタッフは2名です。

ちなみに当店がオーダーメイド枕をスタートした14年前は、全国的に『オーダーメイド』の『枕』はまだ珍しく、香川県内で当店が唯一の存在でした。その後徐々にオーダーメイド枕を扱うところが徐々に増えてゆき、中には全国チェーンの大手のものもあります。お客様からしてみると『いったいどこが良いの?』と思われる方も多いのではないでしょうか。

『集客力抜群のショッピングモールの一等地にお店を構えて集客し、数多くの社員さんやパートさんが作る大型チェーンのオーダーメイドの枕』から見ると、当店のような田舎の小さなお店は、まるで物の数にもならないと思います。

でも、だからこそ一人ひとりのお客様に、真剣に、愚直に向き合えると思います。そして実際に作られたお客様の満足度では、大型チェーンのオーダーメイド枕には決して負けないと自負しています。

おかげ様で最近では新しくオーダーメイド枕を作られるお客様の10名中4名は既に当店で作られたお客様のご紹介です。多くの方はご紹介⇒当店のホームページを見て⇒ご来店という流れです。

またエリア別で見ると近隣(観音寺市、三豊市、四国中央市)の方が約3分の2、残りの約3分の1の方はそれより遠方の方です。高松や丸亀といった香川県内はもちろん、松山、徳島、高知といった四国各地からご来店いただいています。そういった遠方の方はもちろん、近隣の方であっても“2万円”という、枕としては高額な商品をお買い上げいただくのですから、『そのご期待にお応えしなければいけない。』という想いは常に持っています。

7.これからもがんばります宣言

おかげ様で、オーダーメイド枕やフィットラボマットレス(肩腰らくらく敷きふとん)をお買い上げいただいた多くの方からお喜びの声を頂戴しています。しかしながら人間の身体はあまりに複雑で、枕やマットレスを替えただけで眠りのお悩みが全て解決するというワケにはいきません。この仕事に真剣に向き合えば向き合うほど、奥が深いことを思い知らされます。しかしながら・・・と言うべきか、だからこそ・・・と言うべきか、完璧(満足度100%)を目指すという姿勢だけは忘れてはならないと思っています。

この記事を書きながら、14年前に思いを馳せています。あの頃はドシロウトなりに、もっともっと貪欲であったように思います。14年間で身につけた知識や経験値に、あの頃の熱意が加われば『鬼に金棒』とまでは言わないまでも、より多くの『ありがとう』のお声が聞けるのではないかと思います。とにかくもう一度初心に戻って、貪欲に、熱意を持って、ベストを尽くしたいと思う今日この頃です。

快眠ショップ ふとんのせいぶ オーダーメイド枕のページへのリンク

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自称“日本一”文章を書くのが好きなふとん屋

広島県出身の熱狂的カープファン。かつては神奈川県でカネボウ化粧品研究員をしていました(口紅やマスカラの処方開発担当)。縁あって、今は香川県で寝具店『西部製綿株式会社』の社長をしています。自称“日本一”文章を書くのが好きなふとん屋です。『正しいことを正しく伝える』スタンスで『寝具』のこと『眠り』のことを分かりやすくお伝えしています。
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